好きなことで起業した人が陥る罠

好きなことで起業してはいけないのか?

もし、今の勤め先を止めて自分でビジネスをするとしたら、自分の好きなこと、得意なことで起業したいと多くの人が考えるでしょう。ところが、起業するのに、自分が好きだというだけでそれをビジネスにしてはいけないともよく言われます。

 その理由は何よりも、好きなことと稼ぐこととは何の関係もないからです。
 いくら好きだからと言って、お金が稼げなかったらビジネスとして成立しないので、当然の言い分です。でも、裏を返せば、稼げるのなら好きなことで起業してもいいことになります。いいどころか、どうせ起業するなら是非好きなことで起業すべきでしょう。

好きなことで起業して、ある程度稼げてもうまくいかない人

 ところが、好きなことで起業して、そこそこ稼げるようになったのに、結局は失敗に終わるケースがあります。そこには、実際に起業してみないとわからない盲点、罠が潜んでいるからです。

起業の罠 その1 好きにもいろいろあるケース

 草野球チームに入って、毎週土日には練習や試合に明け暮れるAさん。仕事の疲れもものともせず、野球が何よりの生きがいで、野球が終わった後仲間とビールで乾杯すれば、また月曜からハツラツと仕事に精をだすタイプ。小学校にはいる前から自分のおじいちゃんにキャッチボールの相手をさせ、友達がアニメやゲームに夢中になっているころ、テレビの野球中継を何より楽しみにしていた小学生時代。
そんなAさんは、試合のあとの打ち上げで、相手チームに2連勝した嬉しさも手伝って、仲間が何気なくいった一言、

「俺、毎日野球やって生きていきたいよ。こんなおもろいもん、なかなかないぜ!」

 これを聞いて、Aさんは痛く感激した。

「そうだ。俺だって野球で飯を食っていきたい」

 それ以来、本気の起業モードになったAさんは、たくさんの起業本を読み漁り、野球の情報をネットで配信して稼ぐ手段を思いつく。やってみると、さすが野球好きだけあって、その情報量はなかなかのもので、夜コツコツと書き溜めたブログや、プロ野球の情報、分析、なんやかんやで、膨大な情報量の野球サイトを1年で作り上げてしまった。

そこまでいくと、ネットの世界でも少しは有名なサイトになり、広告収入や、他の野球関連のメディアからの執筆依頼もあり、見事Aさんは、堂々たる独立を果たすことになるのである。

が・・・よかったのはここまで。

 「毎日野球漬けの日々を送る」ために起業を目指したAさんは、1年間、どんな誘惑にも目もくれず、そのための努力を続けてきたが、ふとその目的を達成した瞬間に、

 「毎日野球漬けの生活になったのに、全然楽しくも面白くもない」

そんな自分に気づいてしまう。そこからのAさんの仕事ぶりは、目を覆いたくなるほどの凋落ぶりで、ブログも、プロ野球分析も精彩を欠き、独立からわずか半年で、ファンを失い、クライアントを失い、収入が激減してしまった。

さて、このAさんが失敗した原因は何か?

 それは、「野球が好き」というキーワードでビジネスを始めてしまったこと。
 本当は、「野球をプレイするのが好き」というところまで、自分の「好き」を分析するべきだったのです。
 Aさんは、野球をプレイして楽しむのが好きなだけで、文章を書くことや、取材、分析することには、何の興味も持っていなかったのです。まして、苦労をして自分の思い、考えを人に伝えることに何の楽しさも感じていなかったのです。

 この例のように、好きの本質を取り違えると、好きでやったつもりが、好きでも何でもないビジネスを作り上げることになりかねません。

 しかし、ここで、もうひと踏ん張り考えるべきことがあります。それは、

Aさんはビジネスには成功した

 という点です。Aさんは、ここでやる気をなくさず、稼げているうちに、自分のノウハウを使って第三者に手伝ってもらう方法を思いついていたらどうだったでしょう。野球好きで、分析したり文章にまとめるのが得意な人を見つけて協力してもらっていたら、Aさんのビジネスは、ますます発展していったかもしれませんね。

起業の罠 その2 好きが嫌いになるケース

 次は歴史好きのBさんの話です。
 彼は、社会人に成りたての頃、うまく職場になじめず、かといって遊んで憂さをはらすタイプでもなく、もっぱら本を読むことで、日々のつらい気持ちを慰めていました。そんなとき出会ったのが、古代史を扱ったきれいな写真や図版がぎっしり詰まった大型のムックです。手に汗握る古代の人々の争乱のストーリーや、美しい壁画の写真、雄大な遺跡の数々。Bさんは、あっという間に古代史のとりこになってしまいました。

 それからというもの、週末に全国の遺跡や、古代史ゆかりの地を訪れる小旅行がなによりの楽しみになっていきます。各地で味わう自分の感動を人にも知ってもらいたい一心から、旅の様子は、歴史のうんちくと共に頻繁にSNSに投稿していきました。

 そして、運命の時がやってきます。ある遺跡を訪ねた後、ふと食事に訪れた食堂のラーメンがあまりにおいしかったので、その遺跡のストーリーを絡ませながら、その店の情報をSNSにアップしたのです。するとどうしたわけか、いままでせいぜい十数人が反応して、コメントしてくれていただけなのに、その投稿に限っては、あっという間に拡散されて、数百件の反響が寄せられました。

「その店の町にそんな歴史があったのか」
「自分も食べに行ったけど、そんな遺跡のことは知らなかった」
「そういえば、店に勾玉がおいてあったよな」

 その食堂は、全国のラーメン好きに知られた有名店だったのです。そして、その店のことを知っている人たちが、Bさんの投稿で、その町の歴史的な背景を知って、次々に反応してくれたというわけです。

Bさんは驚くと同時に、なんだか宝物を見つけたような喜びを味わっていました。
「これはいけるかも知れない」

こうして、Bさんのブログ「歴史オタクのグルメ旅」はスタートを切りました。
SNSからの流入もあり、お取り寄せ関連商品のアフィリエイトで、とうとう本業の収入を超えるほど稼げるようになってしまいます。

  もともと、会社勤めの憂さ晴らしに始めた旅が、自分の生活を支えてくれる道具になってしまいました。そうなると、もうBさんには会社勤めを続ける理由も、忍耐力もありません。さっそく退職すると、アフィリエイトで貯めたお金で、全国を旅しながら、行く先々でブログの更新とSNSへの投稿を続ける生活に没頭します。

 憂さ晴らしだった旅から、楽しい旅を続ける日常へ。
 Bさんは、しばらくの間、お金に不自由しない、しかも好きなことが一日中できる生活を満喫しました。

 でも、いくら好きな旅でも、疲れて動きたくないときもあります。
 ブログはファンがどんどん増えて好調ではありましたが、少し歴史の解説が間違っていたり、有名店の料理の味が伝わらなかったりすると、容赦なく叩かれることも珍しくありません。しかし、そんなことは今に始まったことではなく、勤めながらブログを書いているときにも、何度も経験しています。

 ただ一つ違うのは、そんなとき、以前なら、しばらくブログから遠ざかることができたことです。でも今はもう、生活のためにやっているので、やめてしまったら生活が成り立ちません。それに、ブログや投稿を2、3日休むと、さぼっているとか、ネタがなくなったのかと、あらぬ非難を浴びることもしばしばです。
そうなってくると、好きだった歴史をめぐる旅も、ブログでみんなに古代史の面白さを分かち合う喜びも、跡形もなく消え失せてしまいました。そして、旅もブログも、やがてBさんにとって苦痛でしかなくなってしまったのです。

 どんなビジネスにも、様々なプレッシャーが、かかってきます。それはいうまでもなく、大切なお金と引き換えに、商品やサービスを提供する行為だからです。結局Bさんは、大好きだったことが大嫌いになってしまいました。
 好きなことで起業するにしても、メンタルの強さ、起業に対する覚悟というものの大切さについて、忘れないようにしたいものです。

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高山 司

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